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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)166号 判決

東京都新宿区西早稲田3丁目31番11号

原告

株式会社土壌浄化センター

同代表者代表取締役

新見正彰

同訴訟代理人弁理士

滝田清暉

鳥取県米子市米原6丁目15番36号

被告

大成工業株式会社

同代表者代表取締役

佐藤幹

同訴訟代理人弁護士

吉原省三

小松勉

松本操

三輪拓也

同弁理士

中澤直樹

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第20303号事件について平成7年5月10日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「傾斜地利用の汚水処理方法およびその装置」とする特許第1162238号(昭和55年3月3日出願、昭和58年8月10日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成3年10月18日、本件特許につき無効審判の請求をした。特許庁は、この請求を平成3年審判第20303号事件として審理した結果、平成7年5月10白、「特許第1162238号発明の明細書の特許請求の範囲第1項および第10項に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年6月14日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

(1)  特許請求の範囲第1項に記載の発明(以下「本件第1発明」という。)

傾斜地の上部で処理すべき汚水を放出し、該傾斜に従って当該汚水を浸透流下させることにより汚水処理を行なう傾斜地利用の汚水処理方法において、傾斜角度を有し、殆ど透水しない基盤上に適当な土壌層を設定し、傾斜上部における前記土壌中で前記汚水を放出し、この土壌層中で誘導毛管現象を惹起せしめて土壌層中で不飽和条件での汚水の浸透移動を生ぜしめ、当該浸透移動の過程で汚水処理を行なうことを特徴とする傾斜地利用の汚水処理方法。

(2)  特許請求の範囲第10項に記載の発明(以下「本件第2発明」という。)

傾斜地の上部で処理すべき汚水を放出し、該傾斜に従って当該汚水を浸透流下させることにより汚水処理を行なう傾斜地利用の汚水処理装置において、若干の傾斜角度を有し、殆ど透水しない基盤上に適当な土壌を設定すると共に、傾斜上部における前記土壌中に前記汚水を放出する放出管を埋設して成り、この土壌層中で誘導毛管現象を惹起せしめて土壌層中で不飽和条件での汚水の浸透移動を生ぜしめ、当該浸透移動の過程で汚水処理を行なうようにしたことを特徴とする傾斜地利用の汚水処理装置。

3  審決の理由

審決の理由は、別添審決書写しのとおりである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由(別添審決書写し)2頁2行ないし5頁5行は認める。同5頁6行ないし9頁14行は争わない。

(取消事由)

審決には、訂正審判の確定を待たずに、訂正審判で訂正された後の発明とは異なる発明について判断した違法がある。

(1) 原告は、本件特許につき、平成5年1月19日、訂正審判の請求(平成5年審判第1527号)(以下「別件訂正審判請求」という。)をした。

別件訂正審判請求が容認され、その審決が確定したときは、その訂正後における明細書又は図面に記載された発明が無効審判請求の審理の対象となる(特許法128条)。

(2) ところが、審決は、別件訂正審判請求に対する審決(以下「別件審決」という。)の確定を待つことなく、本件第1発明及び本件第2発明を無効審判の審理の対象として審決をした。

(3) 本件では、審決を急がなければならない特段の理由が存在せず、特許法168条1項(平成5年法律第26号による改正前のもの。以下、同じ。)の「審判において必要があるとき」に該当したものであり、また、別件審決は違法なものであるから、審決には、特許法168条1項の趣旨を阻却し訴訟経済に反し、かつ、違法な別件審決を前提としてされた違法がある。

(4) なお、後記被告の請求の原因に対する認否及び反論2(2)〈1〉の事実は認める。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4のうち、(1)、(2)は認め、(3)は争う。審決には、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  同一特許発明について訂正審判と無効審判が並行して係属している場合において、訂正審判の審決の確定後でなければ無効審判につき審理をし審決をすることができないという法律上の根拠はない。特許法168条1項もそのように解すべき法律上の根拠とはならない。いつ無効審判の審決をするかは、審判官の裁量にゆだねられた事項である。

(2)〈1〉  本件において、別件訂正審判請求に対する別件審決がされたのは、平成7年2月22日であり、その送達日が同年3月13日であって、これに対する審決取消訴訟が提起されたのは同年4月10日である。一方、(無効審判請求に対する)本件審決がされたのは、同年5月10日である。

〈2〉  以上のとおり、本件においては、訂正審判請求に対する審決の後に無効審判請求に対する審決がされており、特許庁における処理としても妥当であって、実質的にも不当なところはない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)及び同3(審決の理由)については、当事者間に争いがない。

原告は、審決の理由は認め又は争わないが、取消事由として、審決には、訂正審判の審決の確定を待たずに、訂正審判で訂正された後の発明とは異なる発明についてされた違法があると主張するものである。

2  上記取消事由について検討する。

取消事由(1)及び(2)(審決までの経緯)は、当事者間に争いがない。

原告は、本件は特許法168条1項の「審判において必要があるとき」に当たるから、別件審決の確定を待たずにされた審決は違法である旨主張する。しかしながら、特許法168条1項により審判手続を中止するか否かは、審判官の裁量に委ねられた事項であり、別件審決の確定を待たずに審決をしたからといって、審決が違法となると解することはできない。

また、原告は、審決は、違法な別件審決を前提としてされた違法があると主張する。しかしながら、訂正審決は確定して初めて訂正の効果を生ずるものであるから(特許法128条)、訂正を認める旨の審決の確定前に訂正審判の効果が生じた場合と同様の扱いを求めることに帰する原告の上記主張は採用できない。

したがって、原告主張の取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成3年審判第20303号

審決

鳥取県米子市米原31番地

請求人 大成工業 株式会社

東京都中央区銀座3-5-12 サエグサ本館

代理人弁理士 吉原省三

東京都中央区銀座三丁目五番十二号 サエグサ本館 吉原特許法律事務所

代理人弁理士 佐藤英世

東京都中央区銀座3-5-12 サエグサ本館7階 吉原特許法律事務所

代理人弁理士 中澤直樹

東京都中央区銀座3丁目5番12号 サエグサ本館

代理人弁護士 吉原弘子

東京都新宿区歌舞伎町2丁目41番8号

被請求人 株式会社 土壌浄化センター

東京都新宿区歌舞伎町2丁目41番12号 岡埜ビル7階 滝田内外

代理人弁理士 滝田清暉

上記当事者間の特許第1162238号発明「傾斜地利用の汚水処理方法およびその装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

特許第1162238号発明の明細書の特許請求の範囲第1項ないし第10項に記載された発明についての特許無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする.

理由

[1] 本件特許第1162238号発明は、昭和55年3月3日に出願されたものであり、同57年11月17日に出願公告(特公昭57-54194号)がされた後、同58年8月10日に設定登録がなされたものであって、本件特許発明の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項及び第10項に記載の次のとおりのものと認める。

「1.傾斜地の上部で処理すべき汚水を放出し、該傾斜に従って当該汚水を浸透流下させることにより汚水処理を行なう傾斜地利用の汚水処理方法において、傾斜角度を有し、殆ど透水しない基盤上に適当な土壌層を設定し、傾斜上部における前記土壌中で前記汚水を放出し、この土壌層中で誘導毛管現象を惹起せしめて土壌層中で不飽和条件での汚水の浸透移動を生ぜしめ、当該浸透移動の過程で汚水処理を行なうことを特徴とする傾斜地利用の汚水処理方法。」(以下、本件第1発明という)及び、

「10.傾斜地の上部で処理すべき汚水を放出し、該傾斜に従って当該汚水を浸透流下させることにより汚水処理を行なう傾斜地利用の汚水処理装置において、若干の傾斜角度を有し、殆ど透水しない基盤上に適当な土壌を設定すると共に、傾斜上部における前記土壌中に前記汚水を放出する放出管を埋設して成り、この土壌層中で誘導毛管現象を惹起せしめて土壌層中で不飽和条件での汚水の浸透移動を生ぜしめ、当該浸透移動の過程で汚水処理を行なうようにしたことを特徴とする傾斜地利用の汚水処理装置。」(以下、本件第2発明という)

[2]これに対して、審判請求人は、本件特許を無効とする、審判費用は、被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として、本件特許発明は、本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第3号証に記載された発明であるか、本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第3号証及び甲第4号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は特許法第29条第1項3号又は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第1号の規定により無効とすべきである旨主張している。

[3] 甲第3号証である昭和52年9月9日付け神奈川新聞(以下、引用例1という)には、農林省林業試験場経営研究室有水主任研究官の研究による土壌浄化システムについて、「傾斜角30度以下、斜面距離50メートル以上で、岩盤上に50センチ以上の表土を有する森林を選ぶ、そして斜面上部には、等高線に沿って地中に溝を埋め込む。溝には、沈でん法で一次処理された上ずみの汚水をポンプアップ、流し込むシステム。・・・斜面最下部に深さ20~30メートルの集水井戸を掘ると、そこから1日2~3万トンの水をくみ上げることが可能。しかも、その水はなんら手を加えなくても即座に飲めるほど浄化されているという」ことが記載され、さらに土壌浄化システムを説明する図面には、「岩盤の上に厚さ30~50センチメートルの表土を有する傾斜地の上部に埋め込み式汚水溝を設け、沈でん法で一次処理された汚水を前記汚水溝に流入させ、前記汚水溝から汚水を表土中に放出し、放出された汚水が表土中を浸透して浸透浄化される」ことが示されている

これらの記載を勘案すると、引用例1には、「30度以下の傾斜角度を有し、岩盤上に適当な表土を有する傾斜地を選定し、傾斜上部における前記表土中で前記汚水を放出する埋め込み式汚水溝を埋設し、該汚水溝から汚水を放出して、前記表土中で汚水を浸透移動を生ぜしめ、当該浸透移動の過程で汚水処理を行うこと。」が記載されているものと認める。

そこで、本件第1発明と引用例1に記載された事項とを対比すると、前者の「殆ど透水しない基盤」及び「土壌層」は後者の「岩盤」及び「表土」に相当し、後者もその記載事項からみて汚水処理方法と表現できるから、両者は「傾斜地の上部で処理すべき汚水を放出し、該傾斜に従って当該汚水を浸透流下させることにより汚水処理を行う傾斜地利用の汚水処理方法において、傾斜角度を有し、殆ど透水しない基盤上に適当な土壌層を設定し、傾斜上部における前記土壌中で前記汚水を放出し、この土壌層中で汚水の浸透移動を生ぜしめ、当該浸透移動の過程で汚水処理を行う傾斜地利用の汚水処理方法」とした点で一致し、両者は次の点で一応相違している。

前者が汚水の浸透移動を、土壌層中で誘導毛管現象を惹起せしめて土壌層中で不飽和条件で生ぜしめているのに対し、後者は表土中を浸透移動している点。

前記相違点を検討すると、後者において汚水が表土中を浸透移動する現象は従来より周知の誘導毛管あるいは誘導毛管水(審判請求人が甲第4号証として提出した、土壌処理工法設計士必携資料No138 新見正著「簡易推薦便槽からの汚泥汲み取り量減少対策」(毛管浄化研究会、昭和50年9月発行 第18頁~第26頁)、甲第6号証として提出した、秋葉満寿次博士選集「土地改良の方向」(農業土木学会、昭和31年6月14日発行第293頁~第294頁参照)の現象が生じているにすぎず、これは前者における土壌層中で誘導毛管現象を惹起せしめて土壌層中で不飽和条件で汚水の浸透移動生ぜしめていることに相当するから、前記相違点は実質的な相違点とは認められない。

従って本件第1発明は引用例1に記載されたものであるから、特許法第29条第1項第3号該当し、特許を受けることができない。

次に、本件第2発明と引用例1に記載の事項とを対比すると、前者の「殆ど透水しない基盤」及び「土壌」は後者の「岩盤」及び「表土」に相当し、前者において傾斜地の傾斜角度を若干としたことは、後者の傾斜地の傾斜角度を30度以下としたことに含まれるのは明らかであり、後者もその記載事項からみて汚水処理装置と表現できるから、両者は「傾斜地の上部で処理すべき汚水を放出し、該傾斜に従って当該汚水を浸透流下させることにより汚水処理を行う傾斜地利用の汚水処理装置において、若干の傾斜角度を有し、殆ど透水しない基盤上に適当な土壌層を設定すると共に、傾斜上部における前記土壌中で前記汚水を放出する放出体を埋設して成り、この土壌層中で汚水の浸透移動を生ぜしめ、当該浸透移動の過程で汚水処理を行う傾斜地利用の汚水処理装置」とした点で両者は一致し、両者は次の点で相違している。

(1)汚水を放出する放出体として、前者は放出管を用いているのに対し、後者では埋め込み式汚水溝とした点。

(2)前者が汚水の浸透移動を、土壌層中で誘導毛管現象を惹起せしめて土壌層中で不飽和条件で生ぜしめているのに対し、後者は表土中を単に浸透移動している点。

前記相違点を検討すると、相違点(1)については、水を地中に放出するのに放出管を用いることが常套手段であるから、汚水を放出するのに後者の埋め込み式汚水溝に換えて放出管を用いるようにすることは当業者の適宜なし得る事項にすぎない。

相違点(2)については、後者において汚水が表土中を浸透移動する現象は前述したように、従来より周知の誘導毛管あるいは誘導毛管水の現象が生じているにすぎず、これは前者における土壌層中で誘導毛管現象を惹起せしめて土壌層中で不飽和条件で汚水の浸透移動生ぜしめていることに相当するから、相違点(2)は実質的な相違点とは認められない。

従って本件第2発明は引用例1に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認める。

[4] 以上のとおりであるから、本件特許は、特許法第29条第1項及び第2項の規定に違反してなされてものであり、同法第123条第1項の規定に該当し無効とすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年5月10日

審判長 特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

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